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ノンリプレゼンテーショナル・アートとさまざまな現実

ずいぶん昔ですが、あるとき大変思慮深いある年配の女性と会話をしていた際、その人から「簡単に分かってもらっても困るのよねえ」と言われてしまいました。出された情報をテンポよく理解しながら、彼女には伝わってますよというサインをうまく送り続けていると思い込んでいました。けれども彼女は全く違った心境にあり、単にともに思索にふけることを望んでいたのだと後になって気づきました。これはどこか、アート鑑賞、特に私が手がけるノンリプレゼンテーショナル(描写/再現しない)なアートの楽しみ方のコツにも通じる感覚だと思います。

ノンリプレゼンテーショナル・アートは抽象表現の一種で、描かれたイメージが目に見える現実世界の物の再現ではない、と言うのが特徴であると理解しています。つまり、イメージは具象を変形させてたどりついた抽象ではなく、具体的になにかを引用せずにある程度独立した形で存在しています。ノンリプレゼンテーショナル・アートの場合、例えば白い四角い形が表現されていても、それが豆腐と言った具体的な物体とリンクしておらずフリーな状態にあります。つまりイメージは、現実世界から離れアーチストが生み出した別な秩序をもった空間にあると言うことです。このような、ある意味、浮世離れした別世界というものが私の身近なところで他にも存在しています。

私の両親はともに八十代で比較的健康ではありますが、やはり加齢による変化がいちじるしく、時折コミュニケーションしずらい場面をむかえます。一番感じるのが、理屈や秩序立った思考の変化です。まるで頭の中の格子状の支柱が風化し、物事が浮かび漂っているような印象を受けます。このような両親といかにして穏やかに対話するかが最近の課題となっています。そんな中、ある気づきがありました。彼らこそ、世のしがらみからある程度解放され、独自の感覚に基づいた別世界に住んでいるというものでした。それをこちらの尺度に落とし込むのではなく、それはそれとして捉え、むしろ楽しむのが理想であると思うようになりました。

アトリエにて








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